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測量の歴史と当社の歩み

ここでは皆さんに測量の歴史をご紹介します。

「測量」というものは、実はとても歴史が古いのです。そんな測量の歴史を過去からご紹介していきます。古代から現代まで私たちの文明を支えてきた最も基本的な技術である測量を身近に感じていただけたらと思っています。

測量の歴史

測量の起源

測量はいつから始まったのでしょうか?

測量の歴史は古く、測量の始まりは 紀元前3000年頃、エジプト・ナイル河の洪水後、荒らされた土地を元通り配分するために測った のが測量のはじまりと言われています。そのため 測量術や数学が発達し、天文学、太陽暦なども進歩していったと言われています。

ナイル川とカイロ市街

また、エジプトにおいてはピラミッドの建設に高度な測量技術が用いられました。ピラミッドの東西南北の誤差は1cm以内なんだそうです。だからこそ、4500年たってもびくともしなかったんですね。

日本の測量の歴史

それでは、日本の測量の歴史はどうだったのでしょうか?

中国の度量衡や測量技術は、六世紀の中ごろから遣隋使や遣唐使によって我が国に伝えられたとされています(隋、唐に派遣された留学生によって大陸から伝えられたという説もあります)。その後、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏を倒した645年の大化の改新では戸籍・計帳に基づいて、政府から受田資格を得た貴族や人民へ田が班給され、死亡者の田は政府へ収公される「班田収授法」が制定されたとも言われています。

このため、区分された田地の位置を定めるため条里制が施工され、田図や田籍が作成されたと言われています(但し、班田収授と条里制の関連について最近の考古学上では色々な考え方もあるようです。自分で耕した土地を私有地として認める墾田永年私財法が関連したとも言われています)。麻布に描かれた757年作成の東大寺開田班田図など十数点の田図が、正倉院御物として現存しているそうです。

710年に造られた平城京は条里制の都市計画に基づいております。方格地割による大規模な測量が現在でいう測量技師である「算師」によって実施されており、その当時の測量技術の高さが伺えます。

奈良時代の750年頃には僧侶、行基によって古式の日本地図「行基図」が作成されたといわれております。ただし、行基が当時に作成したものは現存しておらず、実際に行基が作成したものかは不明な状況ではありますが、その後の日本地図の原型となったと言われています。

行基図

1467年に起こった応仁の乱以後、国内は乱れ、度量衡も土地台帳も混乱しました。その混乱も、有名な太閤検地まで続きました。

豊臣秀吉は、各地を征服するごとに検地を行い、征服地を確実に把握して全国統一の基としました。また、太閤検地では全国的な規模で統一された方法で行われ、それまでの複雑な土地所有関係が整理され、土地制度を一新しました。太閤検地によって、各地の石高が確定されたことは、その後江戸時代の幕藩体制の基礎となる石高制のものとなっております。